「それでもさあ、意地でも返事しないってことは、わたしのことわざと無視してるってことじゃないの? 人ってそんなに平然と相手のこと無視できるもんなのかな?」 自分が嬉しかったことを、〝あしながおじさん〟にも一緒に喜んでもらいたいと思うのはワガママなんだろうか? いくら甘えたくても、相手に知らん顔されていたらどうしようもない。「愛美、それは考えすぎだよ。愛美のこと大事に思ってくれてるから、おじさまは助けてくれてんでしょ? 無視なんかするワケないじゃん。きっと体調崩してるとか、そんなことだと思うけどな」「……さあ、どうだろ。わたし、もう分かんない。おじさまが何考えてるのか。わたしのことどう思ってるのか」 吐き捨てるように、愛美は言った。一旦入ってしまったネガティブスイッチは、なかなか元に戻らない。「もしかしたら、わたしのことウザいとか面倒くさいとか思ってるかも。私の手紙に迷惑がってるとか」「そんなことないよ。絶対ないから!」 さやかが諭すように、愛美を励ます。「……ありがと、さやかちゃん。でもね――」「ほらほら! 眉間にスゴいシワできてる! あんまり深刻に考えないで、ドッシリ構えてなよ。――ほら、もうすぐ学年末テストもあるしさ。それでいい報告できたら、おじさまもなんか返事くれるかもよ?」 さやかに励まされ、愛美は少しだけやさぐれかけていた気持ちが解れた気がした。「……うん、そうだね。ありがと」 向こうの事情もまだ分からないのに、一人でウダウダ悩んでいても仕方ない。あとはひたすら待つしかないのだ。「さて、今日はウチの部屋で一緒にテスト勉強する?」「うん。とか言って、ホントはわたしに教えてもらいたいだけなんでしょ?」「……うっ、バレたか。ねー愛美ぃ、お願い! 珠莉も愛美に教わりたいって。ねっ、珠莉?」「……えっ? ええ……」 突如巻き込まれた珠莉は一瞬戸惑ったけれど、実はさやかの言った通りだったらしい。「もう。しょうがないなあ、二人とも。じゃあ、寮に帰ろう。着替えたらすぐ行くから」 やり方は不器用ながら、二人は懸命に自分を励まそうとしてくれている。それが分かった愛美は、二人の親友の提案に乗ることにしたのだった。 * * * * ――それから一週間が過ぎ、学年末テストも無事に終わった。 けれど、愛美の体調は無事ではなく、テスト
ただ――、体調が悪い時、人とは得てしてネガティブになるもので。(もし、これでもおじさまに褒めてもらえなかったら……? もしかしてわたし、やっぱりおじさまに迷惑がられてる?) 少なからず、愛美には自覚があった。 考えてみたら、勉強に関することはほとんど手紙に書いたことがない。身の回りに嬉しい出来事や何かの変化があるたびに、手紙を出しては彼を困らせているのかもしれない。 最初に「返事はもらえない」と、聡美園長から聞かされていたのに……。(わたしって、おじさまにとっては迷惑な〝構ってちゃん〟なのかも)「――愛美、どした? 具合悪いの?」 一人で黙って考え込んでいたら、さやかが心配そうに顔色を覗き込んでいる。「ううん、平気……でもないか。わたし、ちょっと思ったんだよね」「ん? 何を?」「おじさまは、いつもわたしの出した手紙、ちゃんと読んでくれてるのかな……って。もしかしたらうっとうしくて、読みもしないでゴミ箱に直行してるんじゃないか、って」 こういう時には、最悪の展開しか思い浮かばなくなる。「秘書の人からは返事来てたけど、おじさまからは一回も来てないんだよ? もしかしたら、秘書の人は読んでくれてても、おじさまは読もうともしてないとか――」「……愛美、怒るよ」 愛美のあまりのネガティブさに、さすがのさやかも見かねたらしい。眉を吊り上げ、静かに愛美のネガティブ発言を遮った。「おじさまは、あんたの一番の味方のはずでしょ? あんたが信じてあげなくてどうすんのよ? 大丈夫だって! おじさまはちゃんと、愛美の手紙読んでくれてるよ! んでもって、一通ももれなくファイルしてあるよ、きっと!」「ファイル……って」 最後の一言に、愛美は唖(あ)然(ぜん)とした。いくら小説家志望の彼女も、そこまでの発想はなかったらしい。(……そういえば、園長先生もさやかちゃんとおんなじようなことおっしゃってたっけ) このデジタル全盛期の時代にあって、〝あしながおじさん〟が愛美にメールではなく、手紙を書くことを求めた理由。それは、愛美の成長ぶりを目に見える形で残しておきたいからだと。「まあ、それは発想が飛躍しすぎてるかもしんないけど。とにかくあんまり一人で深刻になんないことだね。グチだったらあたし、いっくらでも聞いてあげるからさ。あたしになら好きなだけ甘えていいよ」「
――それはともかく、愛美はまた咳込んだ。「愛美、あんまりムリしちゃダメだよ? ただのカゼじゃないかもしんないし、明日は学校休んで病院でちゃんと診てもらった方がいいよ」「うん、分かった。ありがとね」 ――寮に帰った愛美は、今日も郵便受けに何も来ていないのを確認してから、どうすれば〝あしながおじさん〟がアクションを起こすのか考えた。(コレなら、おじさまだって無視はできないよね♪) 彼がロボットでもない限り、何かしらの反応があるはず。 怒るかもしれないし、愛美に愛想(あいそ)を尽かすかもしれない。――でも、この時の愛美はそんなことを考えもしなかった。体調が悪いせいで、思考回路まで不調をきたしていたのかもしれない。****『拝啓、田中太郎様 もしかして、あなたはわたしのことを迷惑だと思っていませんか? 「女の子なんて面倒くさい」って、相手をするのもばからしいって無視してるんじゃないですか? わたしがあなたをニックネームで呼ぶのも、本当はイヤなんですよね? そうでなかったら、あなたは何の感情も持たないロボットと同じです。名前さえ教えてくれないような、冷たい人に手紙を書いたって、わたしには張り合いがありません。 わたしの手紙はきっと、あなたには読まれていない。秘書さん止まりで、あなたは読みもしないでゴミ箱に放り込んでるに決まってます。 もしも勉強のことにしか興味がないのなら、今後はそうします。 学年末テストは無事に終わりました。わたしは学年で五位以内に入って、二年生に進級できることになりました。 かしこ 二月二十日 相川愛美 』 **** ――こんなバチ当たりな手紙を出した報(むく)いだろうか。愛美はこの手紙が投函された翌日、四十度の高熱を出して倒れ、付属病院に入院することになってしまった。 * * * *「――愛美、具合はどう?」 入院してから十一日後、愛美の病室にさやかがお見舞いにやってきた。 看護師さんにベッドを起こしてもらっていた愛美は、窓の外を眺めていた。今日は朝から雨だ。「うん、まあボチボチかな。食欲も出てきたけど」「そっか、よかった。――コレ、今日の授業でとったノートのコピーね」「さやかちゃん、ありがと」 愛美はお礼を言いながら、さやかがテーブルの上に置いたル
「うん、来てないよ。あれからもう四日経つよね。そろそろおじさまも、何かアクション起こしてもいい頃だと思うんだけど」「そっか……」 表情を曇らせて答えるさやかに、愛美はガックリと肩を落とす。 ――愛美は医師の診察の結果、インフルエンザと診断された。入院してから数日は高熱が続き、おでこに冷却シートを貼られて点滴を打たれていた。 四日前にやっと熱も下がってきて、起き上がっても大丈夫になったので、〝あしながおじさん〟に自分が今インフルエンザで入院中だということを手紙で書き送ったのである。前回、あんなひどい手紙を出してしまったことへの謝罪も兼ねて。「あんなことを書いたのは、病気で神経が参っていたからだ」と。 その手紙をさやかに出してきてもらい、もう四日。さやかの言う通り、そろそろ返事か愛美の容態(ようだい)を訊ねる手紙でも来ないとおかしいのに……。「……わたし、おじさまにとうとう愛想尽かされちゃったかな」「ん?」 愛美がポツリと呟く。彼女はある可能性を否定できなかった。 〝あしながおじさん〟はあの最悪の手紙に腹を立て、自分のことを見限ったんじゃないか、と。 こんな失礼なことを書くような子には、もう援助する価値もないと。 愛美自身、その自覚がある。今となっては、どうしてあの時にあんなバカなことを書いてしまったんだろうと後悔している。 甘え下手にもほどがある。他にいくらでも書きようはあったはずなのに……。「さやかちゃん、わたし……。おじさまに見捨てられたら、もうここにはいられなくなるの。他に行くところもないの。取り返しのつかないことしちゃったかもしれない」「大丈夫だって、愛美! おじさまはこんなことで、愛美のこと見捨てたりしないよ! そんな器の小さい人じゃないはずでしょ? それは愛美が一番よく知ってるはずじゃん?」「うん……」 まだ〈わかば園〉にいた頃、中学卒業後の進路に悩んでいた愛美に手を差し伸べてくれた唯一の人が〝あしながおじさん〟だった。他の理事さんたちは、誰一人として助けてくれなかったのに。 高校入試の時にも、高校に入ってからも、彼は愛美に色々な形で援助をしてくれている。 そんな懐(ふところ)の深い人が、こんな小さなことで愛美を見放すわけがないのだ。
「まあ、あたしもまた小まめに郵便受け覗いてみるから。あんまり悩みすぎたらまた熱上がっちゃうよ。愛美は早く病気治して、退院することだけ考えなよ。……あんまり長居するのもナンだし、あたしはそろそろ失礼するね」「うん。さやかちゃん、毎日お見舞いに来てくれてありがとね」「いいよ、別に。インフルエンザならあたしはもう免疫できてるし、親友だもん。珠莉も一回くらい来りゃあいいのに」 さやかは口を尖らせた。 愛美が入院してから、彼女は毎日病室に顔を出しているけれど、珠莉は一度も来ていない。理由は、「インフルエンザのウィルスをもらいたくないから」らしい。「予防接種くらい受けてるはずじゃん? 友達なのに薄情なヤツ!」「……ゴメン、さやかちゃん。わたしも予防接種は……。注射が苦手で」 きっと珠莉も注射が苦手だから、インフルエンザの予防接種から逃げていたんだろう。愛美にはその気持ちが痛いほど分かる。「えっ、そうだったの? ゴメン、知らなかった」 自身は注射を打たれてもケロリンパとしていられるさやかが、知らなかったこととはいえ愛美に謝った。「じゃあ、また明日来るね」 さやかが病室を出ていくと、愛美は個室に一人ポツンと残された。「インフルエンザは感染症だから、隔(かく)離(り)が必要」ということでそうなったのだ。 同じ一人部屋でも、寮の部屋とはまるで違う。寮なら隣りの部屋にいるさやかと珠莉が、ここにはいない。 こうしてお見舞いには来てくれるけれど、帰ってしまうと一人ぼっちになってしまうのだ。「まだ降ってる……」 窓の外をじっと見つめながら、愛美は呟いた。朝からずっと降り続いている雨は、今の愛美の心によく似ている。(さやかちゃんはああ言ってくれたけど、ホントにおじさま、わたしに愛想尽かしてないのかな……?) こんな天気のせいだろうか? 愛美の心もすっきり晴れない。 ――と、そこへ一人の看護師さんがやってきた。赤いリボンの掛けられた、やや大きめの真っ白な箱を抱えて。「――相川さん。コレ、お見舞い。ついさっき届いたんだけど」「……えっ? ありがとうございます……」(お見舞い? 誰からだろ?) 箱を受け取った愛美は、首を傾げながら箱に貼られた配達伝票を確かめる。――と、そこには信じられない名前があった。「田中……太郎……」 秘書の〝久留島栄吉〟の名前で
『相川愛美様 田中太郎』 表書きの字は、伝票の字と同じで右下がりの変わった筆跡だ。****『相川愛美様 一日も早く、愛美さんの病状がよくなりますように。回復を祈っています。 田中太郎より 』**** 二つ折りのメッセージカードには、これまた封筒の表書きと同じ筆跡でそれだけが書かれていた。(おじさま、わたしの手紙、ちゃんと読んでくれてるんだ……) カードの文字を見つめていた愛美の目に、みるみるうちに涙が溢れてきた。 もちろん、この贈り物が嬉しかったからでもあるけれど。〝あしながおじさん〟のことが信じられなくなって、あんな最低な手紙を書いてしまった自分が情けなくて、腹立たしくて。(……わたし、バカだ。おじさまはこんなにいい人なのに。返事がもらえないことも分かってたのに、あんなことして、おじさまを困らせて) 愛想を尽かされても仕方のないことをしたのに、お見舞いのお花に手書きのメッセージカードまで送ってくれた。――愛美は今日ほど、〝あしながおじさん〟の存在をありがたいと思ったことはない。 愛美はそのまま、看護師さんが困惑するのもお構いなしに、声を上げて泣き出した。 泣くのなんて、〈わかば園〉を巣立った日以来、約一年ぶりのことだ。あれからの日々は、愛美に涙をもたらさなかった。もう泣くことなんてないと思っていたのに。「ほらほら、相川さん! あんまり泣くと、また熱が上がっちゃうから」 オロオロしつつ、看護師さんがボックスティッシュを差し出す。それで涙と鼻水をかむと、数分後には涙も治まった。「――あの、看護師さん。ペンとレターパッド、取ってもらってもいいですか?」 気持ちが落ち着くと、愛美は看護師さんにお願いした。「お礼の手紙、書きたくて。他にも書かないといけないことあるんで」「……分かった。――はい、どうぞ。じゃあ、私はこれで。お大事に」「ありがとうございます」 看護師さんが病室を出ていくと、愛美はテーブルの上のペンをつかみ、レターパッドを広げた。 〝あしながおじさん〟にお礼を伝えるため、そしてきちんと謝るために。
****『拝啓、あしながおじさん。 今日は朝から雨です。 お見舞いに来てくれたさやかちゃんが帰ってから、ブルーな気持ちで外の雨を眺めてたら、看護師さんが病室に、リボンのかかった大きめの白い箱を持って来てくれました。「届いたばかりのお見舞いだ」って。 箱を開けたら、キレイなピンク色のバラのフラワーボックスで、そこには伝票と同じ個性的な、それでいて人の好(よ)さがあらわれてる筆跡で書かれた直筆のメッセージカードが添えてありました。 わたし、それを読んだ途端、声を上げて泣いちゃいました。このお花が嬉しかったのももちろんありますけど、おじさまを信じられなかった自分を罵(ののし)りたい気持ちでいっぱいになって。 おじさまはわたしの手紙、ちゃんと読んで下さってたんですね。返事が頂けなくても、いつもわたしが困った時には助けて下さってるんだもん。 おじさま、ありがとうございます。そして、ゴメンなさい。もう〝構ってちゃん〟は卒業します。それから、ネガティブになるのもやめます。わたしには似合わないから。 さやかちゃんが言ってました。おじさまは絶対、わたしの手紙を一通ももれなくファイルしてるはずだって。だからこれからは、ファイルされても恥ずかしくないような手紙を書くつもりです。 でも、こないだの最低最悪な一通だけは、ファイルしないでシュレッダーにでもかけちゃって下さい。あの手紙は、二度とおじさまの目に触れてほしくないですから。書いてしまったこと自体、わたしの黒歴史になると思うので。 おじさま、もしかして「女の子は面倒くさい」なんて思ってませんか? では、これで失礼します。 三月三日 愛美 』**** ――翌日、さやかにこの手紙を投函してもらった愛美は、胸のつかえがおりたおかげでみるみるうちに元気になり、その二日後には退院することができた。 〝病(やまい)は気から〟とはよくいったものである。「――さやかちゃん、珠莉ちゃん! ただいま!」 二週間ぶりに寮に帰ってきた愛美は、自分の部屋に入る前に、隣りの親友二人の部屋にやってきた。 元気いっぱいの声で、二人に笑いかける。「おかえり……。愛美、もう大丈夫なの!?」「うん、もう何ともないよ。さやかちゃん、毎日来てくれてありがとね。心配かけちゃってゴメン」 ビ
「愛美さん、一度もお見舞いに伺えなくてゴメンなさいね」「いいんだよ、珠莉ちゃん。わたしも分かるから。注射が苦手だから、予防接種受けてなかったんでしょ?」「……ええ、まあ」(やっぱりそうなんだ) 愛美はこっそり思った。 つい一年ほど前に初めて会った時には、冷たくてとっつきにくい女の子だと思っていたけれど。こうして自分との共通点を見つけると、ものすごく親近感が湧いてくる。「――もうすっかり春だねぇ……。そしてもうすぐ、あたしたちも二年生か」「そうだね。もう一年経つんだ」 暖かい日が少しずつ増えてきて、校内の桜の木も蕾(つぼみ)を膨らませ始めている。 一年前、希望と少しの不安を抱いてこの学校の門をくぐった時は、愛美は独りぼっちだった。頼れる相手は、手紙でしか連絡を取れない〝あしながおじさん〟たった一人。もちろん、地元の友達なんて一人もいなかった。 でも、今はさやかと珠莉という心強い二人の親友に恵まれた。他にもたくさんの友達ができた。 もう一人でもがく必要はない。何か困ったことがあれば、まずはこの二人に話せばいい。それから〝あしながおじさん〟を頼ればいいのだ。「――あ、そうだ。四月からあたしたち、三人部屋に入れることになったからね」「えっ、ホント!? やったー♪」 愛美はそれを聞いて大はしゃぎ。二学期が始まる前に、愛美とさやかとで話していたことが実現したらしい。 さやかの話によれば、愛美の入院中にさやかがその話を珠莉にしたところ、「それじゃ私も一緒がいい」と珠莉も言いだしたのだという。 そして、ちょうど具合のいいことに、同じ学年で三人部屋を希望するグループが他にいなかったため、空きが出たんだそう。「来月からは、三人一緒だね。わたし、嬉しいよ。一人部屋はやっぱり淋しいもん」「うん。あたしも珠莉も、愛美とおんなじ部屋の方が安心だよ。もうあんなこと、二度とゴメンだからね」 愛美が倒れた時、発見したのはさやかと珠莉だった。女の子二人ではどうしようもないので、慌てて晴美さんと男性職員さんを呼んできて、車で付属病院まで連れて行ってもらったのだった。「一緒の部屋だったら、もっと早く気づけたのに……」と、さやかも落ち込んでいたらしい。「うぅ…………。その節はありがと。でも、もうわたし、一人で悩んだりしないから。もうネガティブは卒業したの」「そっ
* * * * というわけで、卒業式前の連休――というか厳密に言えば自由登校期間だけれど――の初日、二泊三日分の荷物を携えた愛美とさやかはJR長野駅の前に立っていた。「――愛美、あたしの分まで交通費全額出してもらっちゃって悪いね。でもよかったの?」「いいのいいの! わたし今、口座に大金入ってるから。ひとりじゃ使いきれないし、使い道も分かんないし」 冬休みに突然舞い込んできた二百万円というお金は、まだギリギリ高校生でしかも施設育ちの愛美にとってはとんでもない大金だった。作家として原稿料も振り込まれてくるけれど、さすがに百万円単位はケタが違う。印税でも入ってこない限り、そんな金額は目にすることがないと思っていた。「そっか、ありがとね」 多分、さやかもそんな大金はあまり見ないんじゃないだろうか。 そして、愛美に自分の分まで交通費を負担してもらったことを申し訳なく感じているだろうから、後で「立て替えてもらった分、返すよ」と言ってくるに違いない。その分を受け取るべきかどうか、愛美は迷っていた。 さやかの顔を立てるなら、素直に受け取るべきだろうけれど。愛美としては貸しにしているつもりはないので、返してもらうのも何か違う気がしているのだ。 それはきっと、もっと大きな金額を愛美に投資してくれている〝あしながおじさん〟=純也さんも同じなんだろうと愛美は思うのだけれど……。「――農園主の善三さんの車、もうすぐこっちに来るって。奥さんの多恵さんからメッセージ来てるよ」「そっか」 スマホに届いたメッセージを見せた愛美にさやかが頷いていると、二人の目の前に千藤農園の白いミニバンが停まった。助手席から多恵さんが降りてくる。「愛美ちゃん、お待たせしちゃってごめんなさいねぇ。――あら、そちらが電話で言ってたお友だちね?」「はい。牧村さやかちゃんです」「初めまして。愛美の大親友の牧村さやかです。今日から三日間、お世話になります」 さやかが礼儀正しく挨拶をすると、多恵さんはニコニコ笑いながら「こちらこそよろしく」と挨拶を返してくれた。「静かな場所で過ごしたくて、ここに来たいって言ったそうだけど、ウチもまあまあ賑やかよ。だからあまり落ち着かないかもしれないわねぇ」「いえいえ! 寮の食堂に比べたら全然静かだと思います。ね、愛美?」「うん、そうだね。多恵さん、ウ
――今年の学年末テストもバレンタインデーも終わり、卒業式が間近に迫った三月初旬。さやかが思いがけないことを愛美に言った。「卒業式前の連休、あたしも一緒に長野の千藤農園に行きたいな。愛美、執筆の息抜きに行きたいって言ってたじゃん」「えっ、わたしは別に構わないけど……。さやかちゃん、急にどうしたの?」 部屋の勉強スペースで執筆をしていた愛美は、キーボードを叩いていた手を止めて小首を傾げた。彼女が「千藤農園へ行きたい」なんて言ったことは今まで一度もなかったから。「いやぁ、愛美がいいところだって言ってたし、あたしも前から一度は行ってみたいと思ってたんだよね。純也さんのお母さん代わりだったっていう人にも会ってみたかったしさ。っていうかぶっちゃけ、最近食堂がうるさくてストレスなんだわ」「あー……、確かに。会話もままならない感じだもんね」 さやかも言ったとおり、最近〈双葉寮〉の食堂では特に夕食の時間、みんなが一斉におしゃべりをする声が大きくこだましてやかましいくらいである。隣り同士や向かい合って座っていても、話す時には手でメガホンを作って「おーい!」とやらなければ聞こえないのだ。そりゃあストレスにもなるだろう。「分かった、わたしから連絡取ってみるよ。この時期だと……、農園では夏野菜の苗を植え始めたりとかでちょっとずつ忙しくなるだろうから、一緒にお手伝いしようね。あと、純也さんと二人で行った場所とかも案内してあげる」「やった、ありがと! 野菜育てるお手伝いなら、ウチもおばあちゃんが家庭菜園やってるからあたしもよくやってたよ。じゃあ、連絡よろしくね」「うん」 愛美のスマホには、千藤農園の電話番号はもちろん多恵さんの携帯電話の番号も登録してある。愛美から連絡したら、多恵さんはびっくりしながらも喜んでくれるだろう。ましてや、今回は一人ではなく友だちも一人連れていくんだと言ったら、大喜びで歓迎してくれるだろう。「じゃあ、原稿がキリのいいところまで書けたら、さっそく多恵さんに電話してみよう」 という言葉どおり、愛美は執筆がひと段落ついたところで多恵さんの携帯に電話した。
* * * * 部活も引退したことで執筆時間を確保できるようになった愛美は、本格的に新作の執筆に取りかかることができるようになった。「――愛美、まだ書くの? あたしたち先に寝るよー」 〝十時消灯〟という寮の規則が廃止されたので、入浴後に勉強スペースの机にかじりついて一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き続けていた愛美に、さやかがあくび交じりに声をかけた。横では珠莉があくびを噛み殺している。「うん、もうちょっとだけ。電気はわたしが消しとくから、二人は先に寝てて」 本当に書きたいものを書く時、作家の筆は信じられないくらい乗るらしい。愛美もまさにそんな状態だった。「分かった。でも、明日も学校あるんだからあんまり夜ふかししないようにね。じゃあおやすみー」「夜ふかしは美容によろしくなくてよ。それじゃ、おやすみなさい」 親友らしく、気遣う口調で愛美に釘を刺してから、さやかと珠莉はそれぞれ寝室へ引っ込んでいった。「うん、おやすみ。――さて、今晩はあともうひと頑張り」 愛美は再びパソコンの画面に向き直り、タイピングを再開した。それから三十分ほど執筆を続け、キリのいいところまで書き終えたところで、タイピングの手を止めた。「……よし、今日はここまでで終わり。わたしも寝よう……」 勉強部屋の灯りを消し、寝室へスマホを持ち込んだ愛美は純也さんにメッセージを送った。 『部活も引退したので、今日からガッツリ新作の執筆始めました。 今度こそ、わたしの渾身の一作! 出版されたらぜひ純也さんにも読んでほしいです。 じゃあ、おやすみなさい』 送信するとすぐに既読がついて、返信が来た。『執筆ごくろうさま。 君の渾身の一作、俺もぜひ読んでみたいな。楽しみに待ってるよ。 でも、まだ学校の勉強もあるし、無理はしないように。 愛美ちゃん、おやすみ』「……純也さん、これって保護者としてのコメント? それとも恋人としてわたしのこと心配してくれてるの?」 愛美は思わずひとり首を傾げたけれど、どちらにしても、彼が愛美のことを気にかけてくれていることに違いはないので、「まあ、どっちでもいいや」と独りごちたのだった。 高校卒業まであと約二ヶ月。その間に、この小説の執筆はどこまで進められるだろう――?
――そして、高校生活最後の学期となる三学期が始まった。「――はい。じゃあ、今年度の短編小説コンテスト、大賞は二年生の村(むら)瀬(せ)あゆみさんの作品に決定ということで。以上で選考会を終わります。みんな、お疲れさまでした」 愛美は部長として、またこのコンテストの選考委員長として、ホワイトボードに書かれた最終候補作品のタイトルの横に赤の水性マーカーで丸印をつけてから言った。 (これでわたしも引退か……) 二年前にこのコンテストで大賞をもらい、当時の部長にスカウトされて二年生に親友してから入部したこの文芸部で、愛美はこの一年間部長を務めることになった。でも、プロの作家になれたのも、あの大賞受賞があってこそだと今なら思える。この部にはいい思い出しか残っていない。 ……と、愛美がしみじみ感慨にふけっていると――。「愛美先輩、今日まで部長、お疲れさまでした!」 労(ねぎら)いの言葉と共に、二年生の和田原絵梨奈から大きな花束が差し出された。見れば、他の三年生の部員たちもそれぞれ後輩から花束を受け取っている。 これはサプライズの引退セレモニーなんだと、愛美はそれでやっと気がついた。「わぁ、キレイなお花……。ありがとう、絵梨奈ちゃん! みんなも!」「愛美先輩とは同じ日に入部しましたけど、先輩は私にいつも親切にして下さいましたよね。だから、今度は私が愛美先輩みたいに後輩のみんなに親切にしていこうと思います。部長として」「えっ? ホントに絵梨奈ちゃん、わたしの後任で部長やってくれるの?」 いちばん親しくしていた後輩からの部長就任宣言に、愛美の声は思わず上ずった。「はい。ただ、正直私自身も務まる自信ありませんし、頼りないかもしれないので……。大学に上がってからも、時々先輩からアドバイスを頂いてもいいですか?」「もちろんだよ。わたしも部長就任を引き受けた時は『わたしに務まるのかな』ってあんまり自信なくて、後藤先輩とか、その前の北原部長に相談しながらどうにかやってきたの。だから絵梨奈ちゃんも、いつでも相談しに来てね。大歓迎だから」 「ホントですか!? ありがとうございます! でもいいのかなぁ? 愛美先輩はプロの作家先生だから、執筆のお仕事もあるでしょう?」「大丈夫だよ。むしろ、執筆にかかりっきりになる方が息が詰まりそうだから。絵梨奈ちゃんとおしゃべりして
それはともかく、わたしは園長先生から両親のお墓の場所を教えてもらって、クリスマス会の翌日、園長先生と二人でお墓参りに行ってきました。〈わかば園〉で聡美園長先生たちによくして頂いたこと、そのおかげで今横浜の全寮制の女子校に通ってること、そしてプロの作家になれたことを天国にいる両親にやっと報告できて、すごく嬉しかったです。 園長先生はさっそくわたしが寄付したお金を役立てて下さって、今年のクリスマス会のごちそうとケーキをグレードアップさせて下さいました。おかげで園の弟妹たちは大喜びしてくれました。まあ、ここのゴハンだって元々そんなにお粗末じゃなかったですけどね。 そしておじさま、今年もこの施設の子供たちのためにクリスマスプレゼントをドッサリ用意して下さってありがとう。もちろん、おじさまだけがお金を出して下さったわけじゃないでしょうけど。名前は出さなくても、わたしにはちゃんと分かってますから。 お正月には、施設のみんなで近くにある小さな神社へ初詣に行ってきました。やっぱりおみくじはなかったけど……。 もうすぐ三学期が始まるので、また寮に帰らないといけないのが名残惜しいです。やっぱり〈わかば園〉はわたしにとって実家でした。三年近く離れて戻ってきたら、ここで暮らしてた頃より居心地よく感じました。 三学期が始まったら、文芸部の短編小説コンテストの選考作業をもって文芸部部長も引退。そして卒業の日を待つのみです。わたしはその間に、〈わかば園〉を舞台にした新作の執筆に入ります。今度こそ出版まで漕ぎつけられるよう、そしておじさまやみんなにに読んでもらえるよう頑張って書きます! ここにいる間にもうプロットはでき上って、担当編集者さんにもメールでOKをもらってます。 では、残り少ない高校生活を楽しく有意義に過ごそうと思います。 かしこ一月六日 愛美』****
****『拝啓、あしながおじさん。 新年あけましておめでとうございます。おじさまはこの年末年始、どんなふうに過ごしてましたか? わたしは今年の冬休み、予定どおり山梨の〈わかば園〉で過ごしてます。新作の取材もしつつ、弟妹たちと一緒に遊んだり、勉強を見てあげたり。 施設にはリョウちゃん(今は藤(ふじ)井(い)涼介くん)も帰ってきてます。新しいお家に引き取られてからも、夏休みと冬休みには帰ってきてるんだそうです。向こうのご両親が「いいよ」って言ってくれてるらしくて。ホント、いい人たちに引き取ってもらえたなぁって思います。おじさま、ありがとう! お願いしててよかった! リョウちゃんは今、静岡のサッカーの強豪高校に通ってて、三年前よりサッカーの腕前もかなり上達してました。体つきも逞しくなってるけど、あの無邪気な笑顔は全然変わってなかった。「やっぱりリョウちゃんだ!」ってわたしも懐かしくなりました。 そして、わたしが今回いちばん知りたかったこと――両親がどうして死んでしまったのかも、聡美園長先生から話を聞かせてもらえました。 わたしの両親は十六年前の十二月、航空機の墜落事故で犠牲になってたんです。で、両親は事故が起きる二日前に、小学校時代の恩師だった聡美園長にまだ幼かったわたしを預けたらしいんです。親戚の法事に、どうしてもわたしを連れていけないから、って。でも、それが最後になっちゃったそうで……。 幸いにも両親の遺体は状態がよかったから、園長先生が身元
「わたしが作家になれたのも、その人のおかげなんだよ。だから、わたしも感謝してるの」「そっか。うん、めちゃめちゃいい人だよな。で、姉ちゃん。さっき言ってた『新作のための取材』ってどういうこと?」「あのね、新作はここを舞台にして書くつもりなの。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして。……この施設がわたしの、作家としての原点だと思ってるから」 もし両親が生きていて、この施設で暮らすことがなかったとしたら、愛美は果たして「作家になりたい」という夢を抱いていただろうか……? そう思うと、やっぱり愛美の作家としての原点はここなのだと愛美は思うのだった。「オレも久しぶりに愛美姉ちゃんと過ごせて嬉しいよ。静岡に行って、高校に上がってから夏休みにもここに帰ってきてたけど、姉ちゃんがいないと淋しかったからさ。また一緒にサッカーの練習、付き合ってよ」「いいよ。でもリョウちゃん、サッカー上手くなってるからついて行けるかな……」 三年近く会っていない間に、彼のサッカーはグンと上達している。サッカーの強豪校に進学させてもらったからでもあると思うけれど、今の涼介に愛美はついて行けるかちょっと不安だ。「大丈夫だよ、一緒にボールを追いかけられるだけでオレは楽しいから」「そっか」 いちばん年齢の近かった涼介と再会できただけで、愛美はここを離れていた三年間という時間がまた巻き戻ったような気持ちになった。 * * * * その夜、〈わかば園〉では施設を卒業した愛美と涼介も参加してのクリスマス会が行われた。 今年のクリスマス会は、早速愛美が寄付したお金も使われたのか例年に増してケーキもごちそうも豪華になっていて、子供たちも大喜びだった。 そして、例年どおり〝あしながおじさん〟=田中太郎氏=純也さんを含む理事会から子供たちへのクリスマスプレゼントもどっさり用意されていて、「そうそう、これがここのクリスマスだったなぁ」と懐かしくなった。
* * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛
愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト